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熊本地方裁判所 昭和44年(ワ)193号 判決 1971年8月06日

熊本市春日町五一二番地

原告

合名会社カネヤマ商店

右代表者清算人

山下鯛蔵

熊本県上益城郡矢部町浜町二二八番地

原告(選定当事者)

山下鯛蔵

被告

右代表者法務大臣

小林武治

右指定代理人

上野国夫

中島亭

永田已由

三宅克已

田川修

波多野了

井村和雄

右当事者間の昭和四四年(ワ)第一九三号、第五四一号損害賠償請求要件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告らの請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告合名会社カネヤマ商店は、「被告は同原告に対し、金三六万三、六一〇円およびこれに対する昭和四四年三月九日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、原告山下鯛蔵は、「被告は、同原告に対し金一〇万四、八〇〇円、訴外佐藤朝香に対し金九万六、〇〇〇円および右各金員に対する昭和四四年六月二五日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

第二当事者の主張

(原告合名会社カネヤマ商店の請求原因)

一、原告合名会社カネヤマ商店(以下原告会社と略称する。)は、昭和三九年八月一日より昭和四〇年七月三一日までの事業年度(以下三九事業年度と略称する。)の法人税につき青色申告の承認をえていたものであるが、御船税務署長は、原告会社の三九事業年度の確定申告に対し、昭和四二年二月二八日付をもつて別表記載のとおり再更正処分ならびに過少申告加算税および重加算税の賦課決定処分(以下本件課税処分という。)をした。

そして、本件課税処分において売上計上洩れと認定したものは、

(一) 株式会社旭相互銀行河原町支店田崎出張所山下アサカ名義No.六〇普通預金(以下No.六〇普通預金と略称する。)期末残高金五九万一、〇五八円および株式会社住友銀行熊本支店山下泰裕名義No.三五〇八八普通預金(以下No.三五〇八八普通預金と略称する。)期末残高金一二万三、五五七円が個人預金であるのにこれを原告会社の簿外預金であるとし、

(二) 未達小切手期末残高金一七二万円は、借入金の返済に充てたのにこれを仮装借入金であるとするものであつた。そこで、原告会社は、昭和四二年四月一日同税務署長に対し右処分につき異議申立てをしたところ、同税務署長は、同年六月一日、右異議申立てにおける、原告会社の、前記個人預金は原告会社代表者の生活剰余金の蓄積であるとの主張に対し、「生活費支出の状況よりみて剰余金よりなるものとは認められず。」との理由を付してこれを却下した。

そこで、さらに原告会社は、同年六月三〇日熊本国税局長に対し審査請求をしたが、その裁決をまたないで、熊本税務署長は、昭和四二年一〇月二四日、御船税務署長は昭和四三年六月一日本件課税処分による法人税の滞納を理由に原告会社の電話加入権。銀行預金等の差押をするにまで及んだものの、前記審査請求の結果同年一〇月一八日本件課税処分全部について取消の裁決がなされ、右各差押も右裁決により昭和四四年一二月二二日全部解除された。

二、ところで、本件課税処分は以下に述べるとおり違法な処分である。

(一) 本件課税処分において売上計上洩れと認定された個人名義の普通預金については、原告会社の社員であつた原告山下鯛蔵は、昭和一八年ごろから郵便貯金、銀行預金等の個人預金をもち、それが昭和三七年一〇月には大和銀行熊本支店佐藤アサカ名義No.一五八八普通預金(以下No.一五八八普通預金と略称する。)金九〇万円となり、No.六〇普通預金は右預金より派生したものであり、またNo.三五〇八八普通預金は肥後銀行浜町支店山下泰裕名義No.三八〇四普通預金(以下No.三八〇四普通預金と略称する。)より派生したものであつて、これらが個人預金であることは明らかであり、原告山下が右のような貯蓄をなしうる状況にあつたことは、同原告には、家族らの給与所得、家賃収入をあわせれば、昭和三九年一月より昭和四〇年七月まで合計金二三一万三、〇〇〇円の収入があり、その生計費支出は合計金一五二万三、二〇〇円であつたから、差引金七八万七、八〇〇円の剰余金が計上されることからも窺うことができるのである。

また未達小切手の点については、原告会社は、訴外中野教子、同中山武夫、同佐藤アサカらから金員を借り受け、その借り受けた日に原告会社の当座預金に預け入れ、これらの返済のため小切手を振り出していたもので、振出後或る程度の日数を経過しているとはいえ後日決済されているものである。従つて、右個人預金、未達小切手を売上計上洩れとした本件課税処分は違法である。

(二) 本件課税処分は、法人税法第一三〇条の規定に反し違法である。すなわち、原告会社は前記のとおり青色申告の承認を受けているものであるところ、欠損金額に誤りがないのにかかわらず、御船税務署長は本件再更正処分をしたものであり、かつその通知書にその更正の理由を附記しなければならないのにこれを記載しなかつた違法がある。

三、しかして、本件課税処分に際し、その調査にあたつたのは御船税務署係員訴外美濃田浩であるが、同訴外人は、簿外預金を認定するについて、右預金の内容、原告会社代表者個人所得の調査もしないで、単なる推定により原告会社代表者には生活剰余金はなく、右預金は原告会社の簿外預金である旨の資料を提供し、未達小切手については、その返済先の貸主に調査もしないで架空借入金と断定し、御船税務署長訴外福本正喜は、右資料を鵜呑みにし、これに基づいて本件課税処分をなしたものであり、また原告会社の異議申立てによりその再調査にあたつた同税務署係員訴外中村日義も前記美濃田と同様何等の調査もしなかつた。

しかしながら、相当係員においてこの点の調査を遂けるべき職責を有することはいうまでもなく、この調査を遂げていれば、当然本件売上計上洩れの点について原告会社主義どおりの事実が明らかになつたと思われるのに、前記係員らがこれを怠つて、本件課税処分に及んだものであるから、本件違法な課税処分は、前記係員らの故意または過失に基づくものである。

四、本件課税処分が違法であることは前記のとおりであるから、これに基づいてなされた前記原告会社に対する電話加入権および銀行預金等の差押が違法であることはいうまでもなく、かつ右差押は通告なしにされたものであるから違法である。

五、以上のとおり本件課税処分およびこれに基づく原告会社に対する滞納処分は違法であるが、これは国の公権力の行使にあたる公務員である前記福本、美濃田、中村がその職務の執行としてしたものであつて、これを行なうについて故意または過失が存したことは明らかであるから、被告国は、これによつて原告会社が被つた損害を賠償する責任がある。

六、原告会社は、本件課税処分および差押の排除を求めるため、御船税務署長宛三通、熊本税務署長宛三通、熊本国税局長宛一三通、熊本県知事宛一通の各書状を提出し、これに要した郵便料計金一、五〇〇円、資料一一一枚分計金一、一一〇円本件課税処分に対する異議申立て、審査請求手続を計理士に依頼したその報酬金三万円の支出を余儀なくされて同額の損害を被り、さらに原告会社は、せまい町村において利子を含めて金二〇〇万円を超える再更正決定を受け、ついで差押を受けたことは、これが周囲に知れわたり、金融面、信用面等あらゆる面において苦痛を受けたものであるから、その慰謝料は、本件課税処分がなされた日から差押が解除されるまでの六六二日分一日金五〇〇円の割合による計金三三万一、〇〇〇円が相当である。

よつて原告会社は被告に対し、右合計金三六万三、六一〇円およびこれに対する訴状送達の翌日である昭和四四年三月九日より支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金支払を求める。

(原告山下鯛蔵の請求原因)

一、本件課税処分が違法であることは前記原告会社の主張どおりであるが、御船税務署長は、滞納処分の引受通知書を差押の通知書よりも一日後に送達し、すなわち無通告で、原告山下および訴外佐藤朝香(以下訴外佐藤という。)を原告会社の第二次納税義務者とし、原告山下および訴外佐藤に対する滞納処分として、熊本県上益城郡矢部町浜町二二八番地、家屋番号二七八番、木造瓦葺二階建店舗一棟建坪二三坪七合五勺、二階一三坪五合の原告山下および訴外佐藤の各持分につき、原告山下の分については参加差押、訴外佐藤の分については差押をした。

二、右各差押は、本件課税処分が違法であることにより違法であるばかりでなく、次の事由によつても違法である。

(一) 右のように無通告でなされたことにより違法である。

(二) 御船税務署長が原告山下および訴外佐藤に対し送達した差押書によると、合名会社カネヤマ第二次納税義務者山下鯛蔵となつているが、合名会社カネヤマは存在しないので、存在しない会社の第二次納税義務者もありえないから、右各差押は違法である。

(三) 御船税務署長が原告山下、訴外佐藤に対してなした前記各差押は、右両名の納税義務が同一法人税の滞納によるものであるのに、前記差押書には、その納期限を原告山下の分については昭和四三年四月三〇日、訴外佐藤の分については昭和四二年三月三一日と記載しているので、右各差押は違法である。

三、このように本件各差押は違法であるが、これは国の公権力の行使にあたる公務員である前記福本、美濃田、中村がその職務の執行としてしたものであつて、これを行なうについて故意または過失があつたものというべく、被告国は、これによつて原告山下、訴外佐藤が被つた損害を賠償する義務がある。

四、しかして本件違法差押により原告山下、訴外佐藤が被つた損害は、原告山下は、この解散のため浜町、熊本間を一〇回往復し、その旅費として金八、八〇〇円を要し、かつ原告山下、訴外佐藤の両名とも多大の精神上の損害を被つたから、これを慰謝するには、いずれも差押の日からその解除通知完了までの一九二日間一日金五〇〇円の割合による各計金九万六、〇〇〇円を相当とする。

よつて、被告に対し、原告山下は右合計金一〇万四、八〇〇円、訴外佐藤は原告山下を選定当事者として右金九万六、〇〇〇円および右各金員に対する訴状送達の翌日である昭和四四年六月二五日より支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因の認否)

原告会社の請求原因について

一の事実は、そのうち、本件課税処分において売上計上洩れと認定された預金、未達小切手が、個人預金、借入金の返済に充てたものであるとの点は否認するが、その余の事実は認める。

二の事実は、そのうち、(二)の原告会社が青色申告の承認を受けていたことやよび本件再更正処分の通知書に理由を附記しなかつたことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。

三の事実は、そのうち、本件課税処分をなすに当つてその調査に従事したのが訴外美濃田であり、同訴外人の調査結果に基づいて本件課税処分をしたのが御船税務署長であつた訴外福本で、原告会社の異議申立てによりその再調査に当つたのが訴外中村であること。および右美濃田が右調査に際し未達小切手について貸主を一人も調査せず、かつ三九事業年度の原告会社代表者原告山下個人の所得を調査しなかつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

四の事実は、そのうち各差押の事実は認めるがその余の事実は否認する。

五の事実は、そのうち、前記福本、美濃田、中村の三名が国の公権力の行使にあたる公職員であることは認めるが、その余の事務は否認する。

六の事実は、計理士報酬は原告会社の通常の決算表の作成および法人税の申告書の作成等の費用として支払つたものであつて、本件調査に特別に要した費用ではなく、慰謝料については法人であるから請求権はないものであり、その余の損害についてもすべて否認する。

原告山下の請求について

一の事実は、そのうち、その主張の共有不動産についてその主張のような差押をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

二の事実は、その主張のように第一納税義務者の表示の誤り、納期限の表示に相違が存したことは認めるが、このことによつてその差押が直ちに違法となるものではなく、また本件課税処分は違法ではない。

三の事実は、前記福本、美濃田、中村の三名が国の公権力の行使にあたる公務員であることは認めるが、その余の事実は否認する。

四の事実は否認する。

(被告の主張)

一、かりに本件課税処分が違法だとしても、担当係官には故意、過失がない。

(一) 本件課税処分において売上計上洩れと認定したのが、個人名義の普通預金と未達小切手であつて、右個人名義の普通預金の内容が原告会社主張のとおりであることは前記のとおりであるが、右未達小切手は次表のとおりである。

<省略>

<省略>

(二) ところで本件課税処分をなすに当つての担当係官の調査結果は次のとおりである。

1 普通預金関係

No.六〇普通預金は、昭和三八年一一月四日原告会社と取引関係にあつた大海水産株式会社の小切手金一一万円の預け入れから取引が開始されているが、原告会社帳簿にはこれが借入金と記帳されており、またNo.三五〇八八普通預金は、昭和四〇年六月二五日No.六〇普通預金から金一〇〇万円を払い出し、これを振替入金したときから取引が開始されていること。右各普通預金をみると、その取引の中には、原告会社の帳簿に記載されている営業経費および商品仕入代金等の支払金額が混入しており、使用された印かんは原告会社が常に使用しているものと同一であつて、取引が反覆継続して行なわれ、その各取引の金額も高額にわたり原告会社取引との関連があることが判明したので、右各普通預金を原告会社の簿外預金と認めた。

なお調査に際し、右各普通預金の名義人に面接し、事情を聴取しなかつたのは、以上の事実から預金名義人に関係なく原告会社に帰属する取引が原告会社代表者の差配の下に行なわれていたことが充分認められたことによるものである。

また原告会社代表者個人の収支状況に関する調査は、補足的にしたにすぎず、その調査の結果も、原告会社代表者の地位にあつた原告会社の前身たる訴外合資会社山下泰蔵商店における昭和三二年三月一日からその解散時の昭和三七年八月一七日までの報酬からみると、個人の蓄積はないものと推認され、またその主張のように個人所得剰余金の蓄積とするならば、その預け入れがその受給の都度なされるなどその収入の実態を反映するであろうと考えられるのに、前記各預金は、このような収入の実態を反映するようなものではなかつた。

2 未達小切手関係

前記未達小切手は、額面金四〇万円の分を後日、前記普通預金より引き出して、原告会社帳簿に同受取人名義人からの借入金と記録し、その返済のために振り出したものであること。その小切手は小切手法第二八条、第二九条の規定に反し一年余を経た調査日程現在未決済のもの。あるいは一年余を経過して廃棄し、新たに小切手を発行し、その決済のため右借入先以外の前記普通預金に預け入れてあることが判明し、右借入先は原告会社代表者の家族または従業員名となつており、かつ右貸借の事実を証する証憑書類がないこと、右借入から返済までの異動の内容、記録の不真実性から仮装の借入金であることが認められた。

以上の次第で、御船税務署長の本件課税処分に対する認定判断には、十分な根拠ないし合理性があつたものであるから、前記担当係官に故意過失がないことは明らかである。

二、本件課税処分に基づく差押の適法性について

(一) 原告会社の原告会社に対する本件差押が無通告でなされたとの主張について

御船税務署長は、熊本県上益城郡矢部町浜町に本店を有する原告会社に対し昭和四二年二月二八日付本件課税処分にかかる国税債権、納期限同年三月三一日、税額金一一二万八、一一〇円を有していたので、国税通則法第三七条の規定に基づいて同年四月五日督促状によりその納付を督促した。ところが、同年七月一五日に至り、原告会社がその本店の所在地を熊本市に移転したため、原告会社の滞納国税を徴収する所轄庁は、国税通則法第四三条第一項により熊本税務署長となつた。ところで、一且適式の督促がなされた後納税地に異動があつて、これを管較する異動先の税務署長が滞納処分をする場合、右税務署長は、改めて督促の手続をとる必要はないもので、熊本税務署長は改めてこの手続をとることなく本件差押に及んだものである。

(二) 原告山下の同原告および訴外佐藤に対する本件差押が無通告であるとの主張について

熊本税務署長は、すでに解散していた原告会社の無限責任社員である原告山下および訴外佐藤に対し、国税徴収法第三三条の規定に基づき昭和四三年三月三〇日第二次納税勤務を告知し、その納期限である同年四月三〇日まで納付がなかつたので、さらに督促状によりその納付を督促したが、その催告書を発した日から起算して一〇日を経過した日の同年五月一七日まで納付がなかつたので、その主張の差押、参加差押に及んだものであつて、適式な通知をしているものである。

なお、国税徴収法第一八二条第三項所定の滞納処分の引受通知は、滞納処分の引き継ぎを受けた税務署長が、自己において滞納処分をする旨を納税者に通知するものにすぎず、この通知が差押通知書より一日遅れて送達されたからといつて、差押が違法となるものではない。

(三) 原告山下主張の同原告および訴外佐藤に対する差押書の記載の誤りについて

合名会社カネヤマ商店と表示すべきところを合名会社カネヤマと表示したのは、単なる誤記であつて、右誤記と同原告主張の損害とは因果関係がない。

また訴外佐藤の納期限については、昭和四三年四月三〇日と表示すべきところを誤つて第二次納税義務の基礎となる主たる納税者の納期限である昭和四二年三月三一日と記載しているが、これは前同様単なる誤記であつて、先に述べたとおり第二次納税義務の告知書自体で昭和四三年四月三〇日と明記されていることから誤記であることは容易に判明するものであつて、右誤記と原告山下主張の損害とは因果関係がない。

第三証拠関係

原告会社および原告山下は、甲第一号証、同第二号証の一、二、同第三号証、同第四号証の一ないし四、同第五ないし第一五号証、同第一六号証の一ないし九、同第一七号証の一、二、同第一八号証の一ないし五、同第一九号証の一ないし六、同第二〇、二一号証の各一、二、同第二二号証の一ないし四、同第二三ないし第二八号証、同第二九、三〇号証の各一、二、同第三一、三二号証、同第三三ないし第四〇号証の各一、二、同第四一号証の一ないし三、同第四二ないし第四七号証の各一、二、同第四八ないし第五五号証、同第五六号証の一、二、同第五七ないし第六四号証、同第六五号証の一ないし四、同第六六、六七号証、同第六八号証の一ないし九、同第六九ないし第七三号証の各一、二、同第七四号証の一ないし四、同第七五号証、同第七六号証の一ないし四、同第七七ないし第八五号証を提出し、証人中村日義、同美濃田浩の各証言ならびに原告会社代表者尋問の結果を援用し、乙第一一ないし第二四号証の成立は不知、その余の乙号各証の成立は認めると述べ、被告指定代理人は、乙第一号証、同第二号証の一、二、同第三ないし第七号証、同第八号証の一、二、同第九号証、同第一〇号証の一、二、同第一一、一二号証、同第一三号証の一ないし三、同第一四ないし第二五号証、同第二六号証の一ないし五、同第二七ないし第三三号証、同第三四号証の一、二を提出し、証人美濃田浩、同西山徹の各証言を援用し、甲第一七号証の一、二、同第二三ないし第二八号証、同第三一、三二号証、同第三四ないし第四三号証の各一、二、同第五二ないし第五四号証、同第六五号証の三、四、同第六六号証、同第七五号証、同第七七ないし第八一号証の成立は不知。甲第二九、三〇号証の各一、二の書き込み部分は不知、その余の成立は認める。甲第五六号証の一、二、同第六七号証、同第八二ないし第八四号証の郵便官署作成部分の成立を認め、その余の成立は不知。甲第六四号証の裏面の第百二七条三、2の書き込み部分の成立は不知、その余の成立は認める。その余の甲号各証の成立はいずれもこれを認めると述べた。

理由

一、御船税務署長が、昭和四二年二月二八日付をもつて、本件課税処分をし、本件課税処分において売上計上洩れと認定されたものが、(1)原告会社主張どおりの個人名義の普通預金、(2)未達小切手であること。原告会社が、この点を不法として異議の申立てをしたがこれが却下され、更に熊本国税局長に審査請求をした結果、昭和四三年一〇月一八日本件課税処分が取り消されたこと。本件課税処分および右異議申立てを却下した御船税務署長が訴外福本正喜であり、本件課税処分の調査に当つた担当者が同税務署長美濃田浩であり、右異議申立てによる再調査に当つた担当者が同税務署員訴外中村日義であること。以上は当事者間に争いがなく、本件課税処分は、上級行政庁により取り消されたのであるから、特段の事情がない限り、違法な行政処分といわねばならない。

二、そこで本件課税処分をなすに当つての担当係員の故意、過失の有無について判断する。

(一)  まず御船税務署長において本件課税処分をなすに至つた経緯について検討するに、成立に争いのない甲第一九号証の一ないし六、同第二一号証の一、二、同第六八号証の一ないし八、乙第二号証の一、二、同第三ないし第七号証、同第八号証の一、二、同第九号証、同第二八号証、同第三〇号証、同第三四号証の一、二、証人美濃田浩の証言により真正に成立したものと認められる乙第一五ないし第二一号証、証人美濃田浩、同中村日義の各証言によれば、以下の事実を認めることができる。

御船税務署の法人税の賦課決定事務を担当していた訴外美濃田浩は、原告会社の昭和四〇年度の法人税の調査をしていたところ、取引仮装の疑がある多額の未達小切手が存していたところから、前年度に遡及して調査を行う必要を生じ、昭和四一年一二月上旬、上司の命を受けて昭和四〇年度にあわせ、三九年度の調査に着手し、右未達小切手の点について原告会社代表者の説明を求めて小切手帳の写の提示を求め、右代表者から原告会社の株式会社住友銀行熊本支店の当座勘定の控の提示をえてこれを検討の結果、右原告会社の当座勘定の入金に山下泰裕名義普通預金からの振り替え預け入れがなされていることを発見し、右代表者にこの点の説明を求めたところ、原告会社代表者個人の普通預金として山下泰裕名義のNo.三五〇八八普通預金帳の提示をえた。そして右No.三五〇八八普通預金通帳と前記原告会社の当座勘定控とを比較検討すると、両者間の取引が頻繁に行なわれており、右普通預金の発生源について調査すべく原告会社の取引銀行である前記住友銀行熊本支店、株式会社大和銀行熊本支店、株式会社旭相互銀行河原町支店田崎出張所を調査した結果、No.六〇の山下アサカ名義の普通預金を発見し、右普通預金にも原告会社の取引と関連があると思料されるものが多数存していて、かつ右両普通預金の発生源をみると、No.六〇普通預金は、昭和三八年一一月四日、原告会社と取引関係のある訴外大海水産株式会社の小切手金一一万円の預け入れから取引が開始され、No.三五〇八八普通預金は、昭和四〇年六月二五日No.六〇普通預金から金一〇〇万円を振替入金したときから取引が開始されており、右各普通預金中には原告会社の帳簿に記載されている営業経費、商品仕入金等の支払金額と目されるものが混入し、その取引の回数が多く、金額も多額にのぼつていることに照らし、原告会社代表者が弁明するような同代表者個人の生活剰余金の蓄積とは認められなかつた。加うるに原告会社帳簿に借入金と記載され、その借入金返済のために振出した本件未達小切手(その内容は被告主張のとおり)については、振り出しから一年を超えた昭和四一年七月三一日現在において、決済されたものは受取人中野武夫の金二〇万円の小切手のみであつて、その余は未決済で、かつ、その一部については、一且廃棄され新たに発行されていること、右借入先は原告会社代表者の家族および従業員で、その資力等から貸借の事実に疑問がもたれ、取引銀行調査の結果、前記決済された受取人中野武夫の金二〇万円の小切手は、借入先以外の前記山下アサカ名義のNo.六〇の普通預金に預け入れられていることが判明した。そこでこの間の事情を聴取すべく、昭和四二年二月六日原告代表者方を訪れ、右代表者に面会を申し入れたがこれに応じて貰えなかつた。そして念のため、原告代表者個人所得の調査として、昭和四〇年八月から昭和四一年七月までの原告会社における収入および原告会社の前身たる訴外合資会社山下泰蔵商店における昭和三二年三月一日から同会社が解散した時点の昭和三七年八月一七日までの代表者報酬を調査したが、さして生活余剰金があるとは認められなかつた。以上の次第で、前記美濃田は、No.六〇、No.三五〇八八両普通預金を原告会社の簿外預金と認め、本件未達小切手は架空借入金の返済に充てたものとし、これらをいずれも売上計上洩れと認められる旨の調査報告をし、これに基づいて御船税務署長福本正喜が本件課税処分をしたこと。

以上の事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  次に御船税務署長において本件課税処分に対する異議申立てを却下した事情について検討するに、前頭各証拠によると、原告会社の異議申立てに対し再調査にあつた訴外中村日義は、原告会社代表者の前記普通預金、未達小切手勘定の発生源であるという肥後銀行浜町支店山下泰裕名義No.三八〇四普通預金の昭和三九年八月一五日預入金九五万五、〇〇〇円の発生源についても調査を遂げたが、結局前記(一)において認定した事情に照らし、原告会社代表者の主張を認めることができないという結論に達したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(三)  更らに本件課税処分が熊本国税局長の審査裁決により取り消された経緯を検討するに、証人西山徹の証言、同証言により真正に成立したものと認められる乙第二二ないし第二四号証、成立に争いのない乙第二七号証によれば、以下の事実を認めることができる。

原告会社の本件課税処分に対する審査請求に基づいてその調査に当つたのは、熊本国税局協議団協議官訴外西山徹であるが、同訴外人は、昭和四三年一月ごろから同年五月ごろまでの間調査を遂げたが、その結果は次のとおりである。

右西山が原告会社代表者に釈明を求めたところ、原告会社代表者から、(1)簿外預金の点については、原告会社代表者個人の生活剰余金の蓄積よりなる個人預金であり、右個人預金と原告会社の当座預金と頻繁な取引がある点は、原告会社の当座預金の補強と個人の普通預金の実績を作るため、原告会社の金を一且個人の普通預金に預け入れ、個人の普通預金からこれを払い出して原告会社の当座預金に預り入れる処理をしていたものであり、また(2)の未達小切手の点は、その各小切手上の権利者から金員を借り受け、その返済のために振り出したものである旨の答をえた。

そこで、その裏付調査をしたが、原告会社帳簿には、多数の弁済ずみの借受金債務と弁済未了の借受金債務の記載があり、その弁済未了の分が本件未達小切手関係の分であること、本件未達小切手のうち、1ないし3、5、8の各小切手は、一旦廃棄され、その後新たに発行され、決済については、3の小切手は昭和四一年八月二二日、5の小切手は同年八月一九日、8の小切手は同年八月一九日それぞれNo.三五〇八八普通預金に、4の小切手は昭和四〇年八月二六日No.六〇普通預金に、1、2の小切手は昭和四二年一月五日、6、7の小切手は同年一月七日それぞれ肥後銀行田崎支店中野義男名義の普通預金に預け入れられていたこと、そこでその借入先名義人の一人である原告会社従業員訴外中野教子にこれを認めたところ、同訴外人およびその夫の訴外中野義男と原告会社との間には右のような貸借の事実はなく、前記中野義男名義の普通預金は、原告会社代表者においてこれを借り受け利用していたものであること、しかも本件未達小切手は借入金の返済ということであるが、その借入金の出資源は、そのうち金四〇万円については明らかにできなかつたが、残金一三二万円については、前記簿外預金と認定されたNo.六〇、No.三五〇八八の普通預金より出金されていること、No.六〇、No.三五〇八八の普通預金の出資源については、No.三五〇八八の取引当初の預け入れ金一〇〇万円の出資源がNo.六〇の普通預金であり、No.六〇の普通預金に昭和三九年八月一九日No.三八〇四山下泰裕名義普通預金から振替入金されていることまでは判つたが、それ以上廻つては、これを明確にすることができず、かつ原告会社代表者主張ののような事由による個人普通預金と原告会社当座預金の取引であるとするならば、個人の普通預金から引き出して原告会社の当座預金に預け入れる場合には、原告会社の帳簿上その旨の正規の勘定科目として記載すべきであるのに、この点の処理がなされていないため、他からの借入金との区別ができ難い状況にあつたこと、そこで前記西山としては、未達小切手関係の借入先については、原告会社の申立ては虚偽であろうけれども、その借入先については、本件未達小切手金の入金先からの借入も考えられないことはなく、結局No.六〇、No.三五〇八八の普通預金の発生源如何にかかるものであり、この点について原告会社の主要を裏付けるものは原告会社代表者の供述のみしかなく、その供述もにわかに信を措き難いところではあるが、さればといつて、右各普通預金が原告会社の簿外預金と断定することはいささか無理であろうということから、疑問を残しながらもやむなく本件課税処分を取り消すに至つたこと、以上の事実が認められ、他に右確定を覆すに足りる証拠はない。

(四)  ところで、原告らは、御船税務署長が本件課税処分をなしたり異議申立てを却下したりするに際し、山下アサカ名義のNo.六〇普通預金、山下泰裕名義のNo.三五〇八八普通預金については、その預金名義人にこれを確めるとか、原告会社代表者の説明によると原告会社代表者の生活剰余金の蓄積だというのであるから、この点について十分な調査をすべきにこれをしなかつた、また未達小切手の点についても架空借入金とするならばその借入先を調査すべきにこれをしなかつたことをもつて本件不法行為の故意、過失の内容とするところであるが、前記認定の事実に照らすとき、原告会社の経理事務の処理が異常で、その在り方に問題があるといわれてもやむをえないところであつて、御船税務署長が本件課税処分をし、或いは異議申立てを却下するに際し、前記認定の(一)(二)の調査結果をもつてこと足りると判断したことはせめられないところというべきであり、前記認定の(一)(二)以上の調査を遂げなかつたことにより、本件課税処分をし、その異議申立てを却下したことにつき、その担当係員に故意または過失があつたとは認め難い。

なお御船税務署長が原告会社代表者個人に生活剰余金が認められないことをも本件課税処分に対する異議申立て却下の理由としている点については、これは、前記認定事実によれば補足的な理由に過ぎず、原告代表者個人所得の調査において、前記認定のように、昭和三二年から原告会社の前身である会社解散の時点である昭和三七年八月までの原告代表者の報酬を調査しながら、三九事業年度に至らなかつたのは、右のような解散という事実から、その後の報酬については、右とほぼ同程度か、それ以下と認定したためと推認でき、そのうえ原告会社代表者個人の預貯金が前記普通預金の資金源になつたものと認めるに足りる証拠はなく、かつ、右普通預金はその預け入れ、払い出しの動きからして原告会社代表者個人の生活剰余金が預け入れられたと認めることは困難な状況にあつたことから、生活剰余金のないことを本件課税処分に対する異議申立て却下の理由としたことが認められることに徴し、生活剰余金の点のみに限ればその調査が十分でない点は存するけれども、右異議申立て却下について担当係員に故意過失があるとは認め難い。

従つて、原告らの本件課税処分およびその異議申立て却下を不法行為とする請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

三、法人税法第一三〇条に違反するとの主張について判断する。

原告会社が三九事業年度法人税につき青色申告の承認を受けていたものであることは当事者間に争いがないが、本件課税処分にかかる再更正処分は、前記認定事実のもとになされたものであつて、これは再更正を有効になしうる場合であつて、かつその理由附記については、成立に争いのない甲第六三、六四(但し裏面の百二七条三、2の書き込み部分は除く。)号証によれば、右再更正処分と同時に三九事業年度の青色申告承認の取消をしているものであるから、その取消につき法人税法第一二七条二項所定の取消しの処分の基因となつた事実を附記することは要求されているけれども、一旦青色申告承認の取消がなされた以上、同法第一三〇条第二項による理由附記は必要ないものといわねばならない。

よつてこの点の原告会社の主張は理由がない。

四  次に本件各差押による不法行為の成否について判断する。

(一)  本件各差押が違法な課税処分に基づくものであることを理由とする主張について

本件課税処分が違法な処分であることは前記認定のとおりであるから、これに基づいてなされた本件各差押が、租税債権が存しないのになされたことになり不当であることはいうまでもないが、右租税債権が存しないのにこれが存するとしたことに担当係員に故意過失が認められないことは前示認定のとおりであり、本件各差押をなすに当り、担当係員に本件課税処分が違法である旨の認識があつたことも、またこれを認識しうべかりし事情にあつたことも認めるに足りる証拠はないから、この点に関する原告らの主張は理由がない。

(二)  原告会社に対する差押が無通告であるとの点について

原告会社に対する滞納処分として、熊本税務署長が昭和四二年一〇月二四日電話加入権(五五局四四一三番)を、御船税務署長が昭和四三年六月一日普通預金を各差押えたことは当事者間に争いがない。しかして、成立に争いのない甲第一号証、乙第二六号証の一ないし五によれば、御船税務署長は熊本県上益城郡矢部町浜町に本店を有する原告会社に対し、昭和四二年二月二八日付本件課税処分にかかる国税債権、納期限同年三月三一日、税額金一一二万八、一一〇円を有していたので、右税務署長は国税通則法第三七条の規定に基づき同年四月五日原告会社に納付の督促状を発付したことが認められ、右にあわせ、前記差押の通知を受けながら、その後督促がなされないことを理由に異議を申し立てたことが認められないことからすると、前記督促状はそのころ原告会社に送達されたものと認めることができる。

よつてこの点の原告会社の主張は理由がない。

(三)  原告山下らに差押が無通告であるとの点について

御船税務署長が原告山下および訴外佐藤に対し、原告会社の第二次納税義務者として、その共有の不動産について参加差押および差押をなしたことは当事者間に争いがない。その方式および趣旨により公務員が職務上作成したものと認められる真正な公文書と推定すべき乙第一一、一二号証、同第一三号証の一ないし三、同第一四号証によれば、熊本税務署長は、昭和四三年三月三〇日、原告山下および訴外佐藤に対し、第二次納税義務者として原告会社の滞納国税を納付すべき旨を告知し、その納付の期限である昭和四三年四月三〇日まで納付がなかつたので、昭和四三年五月七日納付の督促をしたことが認められ、右認定に反する証拠はない。さらに成立に争いのない甲第二九、三〇号証の各一、二(但し書き込み部分を除く。)によれば、御船税務署長は昭和四三年五月三一日に滞納処分の引受通知書を送付したことが認められるところ、原告山下は、右通知が差押の通知書より一日後に送達されたものであるから無通告による差押であると主張するけれども、仮りに右主張のとおりであるとしても、前記認定の熊本税務署長の督促で足り、その引き継ぎを受けた御船税務署長において改めて督促する必要はないので、無通告とはいえず、この点に右差押に違法な点はない。

よつてこの点の原告山下の主張は理由がない。

(四)  差押書の記載の誤りの点について

1  御船税務署長が原告山下および訴外佐藤に対し送達した差押書の滞納者氏名または名称欄に合名会社カネヤマ商店第二次納税義務者山下鯛蔵と記載すべきところ、右会社名中「商店」なる記載をしなかつたものであることは当事者間に争いがない。しかるに右差押書の記載は、主たる納税者の原告会社と第二次納税義務者の関係を表示したにすぎず、右「商店」なる記載がなくとも第二次納税義務者の権利義務に影響を及ぼすものと解せられないので、右は単なる誤記であつて前記差押が違法となるものとはいえない。

よつてこの点の原告山下の主張の理由がない。

2  御船税務署長が原告山下および訴外佐藤に送達した差押書の納期限の記載が、同一法人税の滞納税に対するものであるのに原告山下については昭和四三年四月三〇日、訴外佐藤については昭和四二年三月三一日となつていたことは当事者間に争いがない。しかるに前掲乙第一一、一二号証によれば右原告らに対する納期限は昭和四三年四月三〇日であることが認められるので、右訴外佐藤のそれについては誤つて記載されたことになる。しかしながら前記認定のとおり右差押書の通知前に送達された第二次納税義務の告知書に納期限として昭和四三年四月三〇日と明記されているところであり、右が誤記であることは容易に知りうるところであつて、これによつて前記差押の努力に影響を及ぼすものとは解されない。

よつてこの点の原告山下の主張も理由がない。

従つて、原告らの本件各差押を不法行為とする請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

五、以上の次第で、原告らの本訴請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 美山和義 裁判官宮本康昭は退官のため、裁判官来本笑子は転補のため、いずれも署名捺印できない。裁判長裁判官 美山和義)

当事者目録

熊本県上益城郡矢部町浜町二二八番地

選定者 佐藤朝香

別表

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